「小児がん患者・経験者自立支援プログラムの整備」報告 3.医療福祉と学校教育との連携を実現させているフィンランドの取り組みについて
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- 2012.4. 2
医療福祉と学校教育との連携を実現させているフィンランドの取り組みについて
柿沼 章子(社会福祉法人はばたき福祉事業団)
何故?フィンランド
フィンランドの包括的な教育サポートのための社会システムは、社会格差への対応に優れた特徴をもつとされています。OECD(経済協力開発機構)によるPISA(学習到達度調査)(1によれば、「フィンランドでは、生徒間、学校間、家庭環境の違いによる学力の格差が他国と比較して断然少ないという特徴を持ち、一方、先進国のうちドイツ・アメリカなどでも、教育格差は大きいとされており、優秀な生徒は多数いるが、平均は高くないとされています。このことは、慢性疾患患者における、公平・平等といった観点での成育医療のグランドデザインの重要さを物語っています。また、成育に関する多くの先行研究などでも指摘がありますが、慢性疾患患者の抱える大きな課題の一つに「自立」があります。「自立」の実現のためには、プログラム、仕組みも必要です。
参考文献
1)PISA 2009 Results (OECD PISA調査報告書), OECD, PDF, 2009 http://www.oecd.org/edu/pisa/2009
この研究の目的
本研究は、小児がんをはじめ慢性疾患の子どもたちが社会の成員として自立するため、成育期において学校生活と療養を包括的に支援していくプログラム、仕組みを開発することを目指しています。
研究方法
今年度研究では、医療福祉と学校教育との連携を実現させているフィンランドの取り組みを調査するために現地のこどもの城病院、病院の学校、保育園、統合学校、特別職業学校を訪問しその特徴をまとめました。
本報告書に掲載されたレポートは、平成21年度の「プログラムの開発に向けて、小児がん経験者から自立への課題を抽出」や、また平成22年度は先行事例としてイギリスのプログラムの聞き取り調査など、これまでの調査から得た知見を踏まえています。
本年度研究から示唆されたポイント
1:フィンランドにおける教育システムのグランドデザインと教育理念
フィンランドは「教育機会」と「学習結果」のどちらも平等になるような教育を作り上げてきています。そこには
- 医学的その他の特徴によって通学できない者に対して自治体は他の教育機関で受けられるようにしなければならない
- 障害をもつ子どもや家庭環境の異なる子どもたちに、それぞれ到達点の異なるいろいろな子どもがいることを前提に、それぞれが不利な扱いを受けない
という基本的な方針があります。
これらの考えのもと、小児がんをはじめ慢性疾患をもつ子どもに対する包括的な教育サポートとはどのようなものかを調べました。
2:プログラム開発と実践、それらを支える理論的背景
先行研究では、国内の教育関係者や福祉関係者による各々の調査は行われていますが、協働の視点からの研究はそれほど多くありません。
そこで、本研究は医療・福祉・教育の分野の研究者に協力を得て複数の視点を導入した研究を行いました。ここでは、研究上の視点として、各分野の専門性も重要と考えるだけでなく、さらに、どのように各分野が連携するかが重要な鍵となっています。
有意義なプログラムの開発・導入を実現するためにも有機的連携の鍵を握る活動理論に関してヘルシンキ大学のユーリー・エンゲストロム教授にご教示いただきました。プログラムの開発だけでなく実践に到るまでを視野に入れています。
プログラムを永続的に運営・管理するポイントは、医療・福祉・教育・地域の連携を取り、現場レベルで理論を実践することが重要ですとのことでした。フィンランドの教育をそのまま日本に移すことは難しいと指摘しつつも、活動理論のポイントとして
① 関係者に“変わらなきゃ”とプレッシャーを与えること
② 安心を与えるために個人的な悪者を作らない
③ システムの問題を見つけること
④ “問題を隠してしまう”ことがあるので一番被害を受けている人を明らかにすること
の4つをあげ、繰り返し会合を設けクリティカルな問題を見つけだしつつ実践につなげることを提案されました。
3:教育における「自立」の再考:当事者視点の導入
自立にはいろいろな定義がありますが、小児がん経験者でもある小俣智子氏は、同報告書にあるように、『「自立」ということばを使用するとき、その定義は様々な状況や立場で違ってくるのではないかと考える。辞書(大辞林)によれば自立とは、「他の助けや支配なしに自分一人の力だけで物事をおこなうこと」』と著しています。
4:教育と医療・福祉と地域との連携の実際
慢性疾患患者にとって医療は切っても切り離せないものではありますが、一人の人間が社会の成員になるための成育(教育期間)も大変重要です。慢性疾患患者でも自立している人とそうでない人がいます。「自立」を課題に研究を進めていく中で、成育、特に教育期間は重要だということが明らかになっています。成育医療研究センターの研究報告として、教育からみた医療福祉に視点を移し調査を実施しました。教育現場からみた小児がんをはじめ慢性疾患のある子どもの教育とはどのようなものか、教育と医療・福祉と地域との連携はどのように行われているのかについて報告します。
5:フィンランドにおける成育医療・教育の実際
フィンランドでは、国が成育期における子どもたちの教育に特に力を入れて取り組んでいます。それは理念として、訪問先であるトローラリ保育園の園長の「学齢期まで生きられない子にも未来に向けた教育を」という言葉どおり、この先長く生きられないような重い疾患をもつ子どもであっても、将来を見据えた教育を行っています。
6:フィンランドにおける成育医療の基本理念
こうした子どもたちの自立のために、医療福祉と学校教育を取り持つ地域社会のありかたとして、統合学校の先生は「“いろいろな子がいることを学ぶ”“経験を通して認識することが大事”」と述べられ、統合学校(障害や病気のある子どもも通常学級で一緒に学ぶ)の意味はそこにあると考えています。「子どもたちは初めのうちは(いろいろな子がいることに)慣れませんが、徐々に慣れていきます。そしていつしか気にもならなくなります」と言いました。この学校は全生徒600名のうち200名は特別教育を必要とする生徒が在籍しています。保育園も統合保育の形式は多いので、多くの子どもは幼少期から障害や病気のある子どもも通常学級で一緒に学ぶ経験をしていることになります。これは大きく2つの意味があります。
1)障害や病気のある子どもが健常児と一緒に学校生活をおくることの意義として『同年代の子どもと同じ経験をする。交流する』ということをあげています。とかく、障害や病気をもつ子どもは限られた環境(特に人間関係)で成長することは少なくありません。このことが例え学業に問題はなかったとしても『トータルの健全』や『今後の自立した生活』に大きく影響を与えない訳はないと考えられます。
2)統合学校は障害や病気がある子どもだけのためだけでなく、健常児も“いろいろな人がいる”ことを学ぶ大切な場です。多様性を認める教育の実践です。大人に向かって「ノーマライゼーション」をスローガンとしてかかげるよりもはるかに効果があることは明らかです。フィンランドは日常生活の中で「ノーマライゼーション」が浸透している社会であると推察されます。
7:フィンランドにおける総合学校の実際
統合学校では単に、特別教育が必要な子どもと健常なこどもを一緒に学ばせている訳ではありません。『子どものトータルの健全』『自立した生活をイメージして生徒のことを考える』ということが基本とし、一人一人に合わせた細やかなカリキュラムや必要な人材の配置、多方面の連携を取るなど手厚いサポートを行っています。先を見据えた、個別のサポートのためにセラピスト、医者、ソーシャルワーカー、家族などと頻繁にミーティングを行っています。必要な場合はアシスタントがつき、両親の同意を得て日常生活へのサポートも行います。例をあげますと、学校に間に合う時間に起床し朝食を食べるというようなサポートも行われています。
これらを実現させるためには教育関係者、医療者はもとより、生活の基盤である地域のコーディネーターの役割が重要であることがわかります。コーディネーターは子どもだけでなく親のサポートも担っています。日本ではこの役割は保健師やソーシャルワーカーに当たります。医療と教育との連携も不十分な中、更に新たな連携は難しいと推察されますが、逆にこの課題の突破口はこのコーディネーターではないかと考えます。
8:フィンランドにおける特別職業学校の実際
自立における成育の次への段階である特別職業学校についてですが、施設を見学している時、この学校の教師が廊下の壁面に貼られていた個人の写真と文章を指して、「“自分は人とどう違うのか 自分で分析 自分の言葉で表現しています”自分は人とこんなところが違っているから○○ができないということを自分自身が認め、他人に説明することは社会生活ではとても大切なことですから」と説明をしてくれました。“違う”ということは良し悪しの問題ではなく事実であり、あくまでも“違う”ということです。“違い(事実)”を自分で認め分析し、それを自分の言葉で表現することは、社会生活を送るには重要であることをこの学校では職業の訓練だけでなく学んでいます。
特別な支援を必要とする人に対しては個人カリキュラムを組みます。これは法律で定められています。カリキュラムは本人、教師、保健師、精神科医、特別なプログラムを考える人で検討され組まれます。カリキュラム終了後は今後の進路について自治体のソーシャルワーカーと相談することができますし、日本でいうハローワークのような機能をもつサービスも備えています。
この職業学校は財団法人が経営していますが国から多額の予算が投下されています。その狙いを尋ねたところ「今のうちに投下しておけば、結局は安くつく」との返事がありました。この時点で教育に投資すれば結果的に一人でも多くの人が就労することになるので国は豊かになるということでしょう。
まとめ
今回のフィンランドの調査から、小児がんのように慢性疾患の子どもたちが将来的に自立していくためのプログラム開発に向けて、重要な知見を得ることができました。次への課題としては、効果的なプログラムを開発するために、国が明確な理念をもち成育医療に対して積極的に取り組んでいくことと、コーディネーター役となる人材の確保と育成が必要です。
プログラム開発にばかり目がいきがちですが、安定した継続的な運営には活動理論もかかせないことです。今後の大きな課題にしたいと考えます。