◇はばたき血友病情報(研究・開発) 「遺伝子治療に関するネイチャー論文≪血友病マウスモデルにおける生体内(イン・ビボ)ゲノム編集は止血を回復する≫ ≪NHF Medical News 掲載版『ゲノム「編集」は血友病Bマウスを補正する』≫」
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- 2011.8. 2
≪血友病マウスモデルにおける生体内(イン・ビボ)ゲノム編集は止血を回復する≫
著者:Li H, Haurigot V, Doyon Y, Li T, Wong SY, Bhagwat AS, Malani N, Anguela XM, Sharma R, Ivanciu L, Murphy SL, Finn JD, Khazi FR, Zhou S, Paschon DE, Rebar EJ, Bushman FD, Gregory PD, Holmes MC, High KA.
出典:Nature. 2011 Jun 26;475(7355):217-21. doi: 10.1038/nature10177
In vivo genome editing restores haemostasis in a mouse model of haemophilia.
要旨 疾患を引き起こす変異を補正するヒト・ゲノムの編集は、遺伝疾患治療の有望な治療である。ゲノム編集は変異遺伝子の補正が生体内で生じることにより単純な遺伝子置換を改善する。それゆえに、内因性の調節制御下の正常遺伝子機能の回復やゲノム内への無作為挿入に伴う危険性を減らす。遺伝子特異標的は従来、マウス胚幹細胞に限られていた。ジンク・フィンガー・ヌクレア―ゼ(ZFNs)の開発は遺伝子操作に対して解決困難であると従来考えられていた形質転換細胞や初代細胞で、効率的なゲノム編集を可能にした。実験系(イン・ビトロ)で、ZFNsは標的遺伝子座での部位特異的二重鎖切断(DSB)を誘導し、相同組み換え修復を介する効率的なゲノム編集を促進することが示されているが、ZFNsがDSBsを誘導し生体内で臨床的意義のあるレベルでゲノム編集を促しているかは明らかではない。マウス肝臓に直接、運搬されたとき、ZFNsが効率的にDSBsを誘導し、適切に設計された遺伝子標的ベクターで共に運ばれた場合、ZFN特異遺伝子座で相同性特異的および相同性独立的に標的遺伝子挿入を通じ遺伝子置換を促進することが可能であることを示している。達成された遺伝子標的レベルは血友病Bで凝固時間延長を補正するのに十分であり、肝再生誘導後にも持続的であった。従って、ZFNにより引き起こされた遺伝子補正は生体内で獲得され、ゲノム編集は実行可能な方法として遺伝子疾患治療に向けての可能性を高める。
≪NHF Medical News 掲載版『ゲノム「編集」は血友病Bマウスを補正する』≫
著者:Li H, Haurigot V, Doyon Y, Li T, Wong SY, Bhagwat AS, Malani N, Anguela XM, Sharma R, Ivanciu L, Murphy SL, Finn JD, Khazi FR, Zhou S, Paschon DE, Rebar EJ, Bushman FD, Gregory PD, Holmes MC, High KA.
出典:NHF (米国血友病連盟)Medical News ;Medical News for July 2011 eNotes
フィラデルフィア子供病院(CHOP)の研究者は、血友病マウスを治療するために遺伝子治療、ゲノム編集を実施した。これは臨床的に関係のある事例で動物試験に関して、最初に成功したゲノム編集である。本試験は、CHOP細胞生物治療センター所長 ハワード・ヒューズ医学研究所治験総括医キャサリン・A・ハイ医学博士より施行された。ハイ博士は十年以上もの間、血友病遺伝子治療に研究に従事していた。本試験の結果はネイチャー誌6月26日にオンライン上で発表された。
新しい治療法は、DNAを編集する「分子バサミ」である遺伝的に改変された酵素ジンクフインガー・ヌクレアーゼ(ZFNs)を用いた。ZFNsは、細胞の緊急時の修正機構を開始するために二重らせん(らせん階段に似ている二本鎖DNA)を切断し血友病の原因である標的DNAを取り換える。補正が開始されると、健常遺伝子が(この症例では、血友病Bを引き起こす第IX因子)欠損遺伝子と交換され挿入される。CHOPの研究者は、血友病マウスBの遺伝子治療運搬の「切り貼り」手段を調べるために、リッチモンド、カリフォルニアにある臨床生物医薬品会社サンガモ・バイオサイエンスの研究員とともに共同研究を実施した。
ハイのチームは、運び屋として疾患を引き起こさないアデノ随伴ウイルスの2つの型を用いた。前者はZFNsの型であり、後者は第IX因子遺伝子の健康な型である。科学者は、マウスの肝臓にZFNを入れた。肝臓は第IX因子を含む凝固タンパク質の産生・保存場所であるので遺伝子治療の標的臓器である。この酵素は第IX因子断片を正確に細かく切断、細胞修復応答を活性化し健常な第IX因子のコピー(血友病がない状態)を作り出す。
本試験の前に、血友病Bマウスの第IX因子は未検出であった。治療後、ほぼ健常レベルまで凝固時間を短縮するのに十分な約5%程度の第IX因子を産生、9か月の治験期間中継続した。この治療は良好な耐容性を示し顕著な副作用はみられなかった。
控えめであるようにみえるが、このような結果は患者の診断や症状を抑える可能性がある。
「第IX因子が5%あるならば、重症血友病から軽症になるであろう。この違いは大変大きい。手術あるいは外傷ならば、軽症血友病者は通常、出血するだけである」。とハイ博士は述べている。
他の治療とZFNを用いた違いは正確さである。従来の遺伝子治療技術は、望まない部位へ置換遺伝子を無作為に運ぶことがありうる。対照的にZFNsは染色体の特定部位を標的とすることが可能である。
「私たちの研究は、ジンク・フインガー・ヌクレアーゼの生体内運搬後にゲノム編集が遺伝欠損を臨床的に意義のあるレベルに補正する可能性をあげることである」。とハイ博士は述べている。だが、この治療はいまだ開発の初期段階であり、仕上げるまでに数年を要するであろう。治療が実現可能になるまえに。イヌのような大きな動物での試験やヒトの臨床治験が必要である。
本研究は「血友病マウスモデルにおける生体内ゲノム編集は止血を回復する」。はネイチャー誌2011年6月26日に発表された。
コメント
血友病の遺伝子治療は、遺伝子導入ベクターとしてアデノ随伴ウイルスに由来するベクターを利用した治療が応用されており、最近ヒトにおける臨床報告でも進歩的な成果が報告されています。本邦でも自治医科大学の坂田先生の研究グループが世界の最先端におり、目覚ましい成果を達成しつつあり血友病の遺伝子治療が安全なかたちでヒトへの臨床応用が出来る日がそう遠くないことが強く示唆されています。
従来、遺伝子治療用の遺伝子導入ベクターとしてレトロウイルスを使った研究が主流でした。しかし、重症免疫不全症(X-SCID)の患者に治療をおこなったところ挿入変異を引き金にした白血病を発症した患者がみられ問題になりました。原因は、レトロウイルスが正しいDNAを患者のDNAのどの部分に挿入するかが予測不可能というこの手法の欠点にあります。場所を狙って挿入することができないため、予期もしない結果を生み出す可能性があります。
本研究は近年分子生物学で注目されているジンクフインガーヌクレア―ゼ(DNAに結合するモチーフ:ジンクフィンガーにDNAを切断する酵素Fok Iをつけた人工合成タンパク質)を利用し、標的とするDNA部位を正確に切り貼りするという技術を用いています。本研究では、狙った部位(血友病B遺伝子部位)を取り除き、相同組み換えを利用し、目的の遺伝子(第XI因子)を挿入し正常遺伝子に補正するというゲノムを編集するという技術を使い、実験室での細胞レベルの段階からマウスの個体レベルで獲得された大きな成果であります。
これは血友病治療を超えた意義のある成果であり、世界で最初の発表です。マウスより大型の実験動物やヒトへの臨床応用など、これからいくつも課題がありますが、副作用など安全面をクリアし、血液凝固因子の持続的な産生が可能となり出血症状の緩和さらに血友病完治につながることを期待したいです。
●遺伝子治療ゲノム編集の簡単な概略図を添付します。ご参考にしてください。