◇はばたき血友病情報(研究・開発) 続報ー 昨年末、NEJM誌に掲載された「血友病Bの遺伝子治療論文」の紹介
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- 2012.1.10
昨年末にお知らせしたNEJM誌の血友病Bの遺伝子治療論文の紹介です。
“最初の要旨は南江堂の和訳を転載したもの、参照図は、論文中に掲載されて
いる遺伝子治療導入後の患者6人の第IX因子を経過観察した臨床データを、今
回は付随しています。また、NEJM誌の編集コメントの和訳をご紹介したい
と思います。”
表題:[血友病 B に対するアデノウイルス随伴ウイルスベクターを介した
遺伝子導入(南江堂の和訳を転載)]
(Adenovirus-Associated Virus Vector-Mediated Gene Transfer in
Hemophilia B
著者:A.C. Nathwani and others
(N Engl J Med 2011; 365 : 2357 - 65.)より
背 景
X 連鎖疾患である血友病 B は遺伝子治療に理想的に適している。この疾患
を有する患者への新たな遺伝子治療の適用を検討した。
方 法
コドン最適化されたヒト第 IX 因子(FIX)導入遺伝子を発現している、血
清型8 偽型の自己相補的なアデノウイルス随伴ウイルス(AAV)ベクター
(scAAV2/8-LP1-hFIXco)を,重症血友病 B(FIX 活性が正常値の 1%未満)患
者 6 例の末梢静脈に単回注入した。参加者を 3 つのコホート集団(高用量,
中用量,低用量のいずれかのベクターを投与)に 2 例ずつ順次登録した。参
加者には免疫抑制療法を併用せずにベクターを投与し、 6~16 ヵ月間追跡し
た。
結 果
全例で正常値の 2~11%の FIX が AAV を介して発現した。6 例中 4 例で
FIX の予防的投与を中止し、特発性出血のみられない状態を維持した。残り
の 2 例では、予防的投与の間隔が延長した。高用量のベクターを投与した
2 例のうち、1 例に一過性、無症候性の血清アミノトランスフェラーゼ値上
昇が認められ、これに関連して末梢血に AAV8 カプシド特異的 T 細胞が検出
された。もう 1 例では肝酵素値がわずかに上昇したが、その原因は明らかで
はなかった。
これら 2 例に短期のグルココルチコイド療法が行われ、それによりアミノ
トランスフェラーゼ値は速やかに正常化し、FIX 値は正常値の 3~11%の範囲
で維持された。
結 論
scAAV2/8-LP1-hFIXco の末梢静脈内注入によって、FIX 導入遺伝子が出血の
表現型を改善するのに十分なレベルで発現し、副作用はほとんど認められな
かった。AAV 形質導入肝細胞の免疫介在性クリアランスが依然として懸念さ
れるが、この過程は,導入遺伝子発現を低下させることなく短期のグルココ
ルチコイド投与によりコントロールできる可能性がある。(医学研究評議会
ほかから研究助成を受けた.ClinicalTrials.gov 番号:NCT00979238)
「血友病B患者に向けてのメリークリスマス」
表題:[Merry Christmas for Patients with hemophilia B]
(Katherine P. Ponder, M. D. New England Journal of Medicine)
Editorial December 22, 2011 2424-2425
著者:キャサリン・ポンダ―医学博士
血友病Bは(またの名前をクリスマス病として知られている)は凝固因子第
IX因子を欠如しているために起こる。本ジャーナルの今号では、ナスワニ博士
らが血友病遺伝子治療成功―この領域での大きな進歩である最初の明確な証拠
を報告している。
血友病治療での成功は他の血液タンパク質欠損の遺伝子治療用に応用できる
可能性がある。
【血友病について】
血友病は凝固因子欠損を原因とし、関節や筋肉に頻繁に出血疾患となっている。
もっとも目にする種類は血友病AとBであり、それぞれ第VIII因子および第IX因
子欠損が原因としX連鎖性遺伝疾患である。
血友病の最初に記載された説明は2世紀のバビロニア法典である。
ラビ・ジュダは、「母親が最初の子供を割礼し、その子供が死に、そして次の
子も死んだ場合、3番目の子供には割礼をしてはならない。」と定めた。
血友病の最初の症例は1952年、第IX因子欠損を起因として、10歳の少年、ステ
ファン・クリスマスと名付けられていたことにちなんで「クリスマス病」と呼
ばれた。英国のビクトリア女王(1819-1901)は血友病B遺伝子の最も有名な保因
者である。女王あるいは女の遺伝子に影響を及ぼされた男性(英国、スペイン、
ドイツおよびロシアの王族)の生存中はタンパクも遺伝子も知られていないが、
シーザー・ニコラスII世の墓から掘り出された骨の最新のポリメラーゼ鎖反応
アッセイでは、彼の家族が血友病を有していた息子のアレクセイ・ロマノフは
第IX因子が変異していたことを示していた。ビクトリア女王の少なくとも9人の
息子、孫、ひ孫は血友病Bを罹患しており、平均24歳で死亡した。
血友病Bを治療するために第IX因子製剤は1960年後半に初めて使用された。
出血エピソードの通常使用で、中央値生存期間は63歳まで伸びた。
タンパク治療の熱意は1980年初頭のHIV感染によって一時的にそがれた。第IX因
子生産の進歩した手法は安全性を高めた。
【遺伝子治療がなぜ必要か
多くの国で高額な凝固因子補充療法が医療費負担増として懸念も】
最近、オン・デマンドの治療よりは、むしろ予防治療が致命的な関節疾患の危
険性を減らした。タンパク治療の成功と共に、なぜ遺伝子治療が必要なのか?
アメリカや他の先進国では、血友病患者の成人患者の凝固因子単回あたり年間
コストは、オン・デマンド療法では約15万ドル、予防治療では30万ドルかかり、
生涯では2000万ドル超の費用がかかる。
発展途上国では、予防的治療や頻回のオン・デマンド治療は手の届くものでは
なく、患者は未だに慢性関節症であり、若いうちに死亡する。
ナスワニらは、アデノ随伴ウイルス(AAV)の単回の静脈輸注で第IX因子を産生さ
せ、血友病B患者に1年超治療するのに成功している実に素晴らしい発見を報告
している。AAVは小さく(4.8kb)、非病原性でありパルボウイルス由来の1本鎖
DNAである。このベクターは、ウイルスの遺伝子cap やrepをコードする配列を
肝臓特異的プロモーターや第IX因子をコードする配列に置き換えて作製されて
いる。このベクターは細胞内に取り込まれ、ウイルス粒子に侵入しない様々な
DNA断片のcap やrepを産生する。それゆえに、遺伝子導入後、複製不能のベク
ターは増殖しない。臨床試験では、AAVベクターは、大型の動物の肝臓では10年
以上産生可能であることを示している。本研究では、AAVベクターによる治療
をうけた患者は、血清8型(AAV8)のカプシドタンパク質を利用した。
患者2名は2X1011ウイルス粒子/kg体重をいれ、第IX因子活性約1%達成した。
3倍超の高用量を受けた患者は、第IX因子活性約2.5%であった。10倍超さらに
高用量をうけた患者は、約7%であった。発現は6カ月超、全患者でみられた。
因子濃縮製剤の予防的治療は、中止かもしくは減った。ベクターは1患者につ
き3万ドルと推定されているので、劇的なコスト削減がすでに達成された。
米食品医薬局(FDA)によって認可された場合、臨床血液学者は急いで発注す
るだろうか?
その答えはおそらく肯定的である。しかし、この方法の危険性はいまだに全
体として明らかではない。
今回のAAV臨床試験の1人の患者では、遺伝子導入後2カ月目でアラニントラン
スフェラーゼが正常値の上限の約5倍であることが分かった。
AAVカプシドタンパク質エピトープに応答する細胞障害性Tリンパ球(CTL)の
インビトロで証拠があった。プレニソロン治療で肝酵素値は1カ月以内に正
常になった。6カ月目での第IX因子発現は3%であり、遺伝子導入後の一時的
に最大30%の第IX因子がみられた。
AAV2による血友病Bの遺伝子治療の以前の治験では、AAV2カプシドタンパ
ク質特異的なCTLsの発生に伴い、肝酵素の上昇の幾分同様な結果がみられた。
しかし、この患者は第IX因子発現を完全に失っており、CTL応答で導入した
全肝細胞が死滅したと結論づけた。CTL応答は導入細胞を排除しAAV 8の治験
以外でAAV2の遺伝子発現は、後者の試験で用いられたグルココルチコイド
と関係がある可能性がある。
もう一つの方法として、ウイルス粒子のAAV2カプシドタンパク質よりAAV8
のほうがさらに速く脱外穀することは、免疫系がウイルスを発見し破壊する
まえにほとんどの導入細胞によって分解されることが可能である。
このような結果は、最新のAAV8カプシドの免疫学的記憶を有する患者が劇症
肝炎に発症する可能性がある。
まとめると、治療学的に適切なレベルまで血液タンパク質発現を長期にわ
たって達成した最初のことであり、血友病BのAAV8を用いた遺伝子療法は本
当に画期的な研究である。この取り組みが安全であることを一層の研究が
決定づけるならば、現在、血友病B患者で利用されている面倒で高価なタン
パク質療法にとって代わる可能性がある。
この技術は、リソソ―ム蓄積症、α1アンチトリプシン欠損症および高脂血
症などの他の疾患にすぐに応用するであろう。